私たちが生きるためには、何が必要でしょうか? 一つには、雨露をしのげる家が必要です。二つには、寒さから身を守る衣類が必要です。三つには、お腹を満たせる食べ物が必要です。この衣食住は、生きるための必須条件です。ではその衣食住を得るためには、何が必要でしょうか? ある人は、武力だと言い、ある人は権力だと言い、ある人は金力だと言います。本当に、そんなものが必要なのでしょうか?
ある地下に、衣食住が埋められておりました。その衣食住を掘り起すために、Αは、武力で労働力を集めようとしました。Βは、権力で労働力を集めようとしました。Cは、金力で労働力を集めようとしました。さあ大変!、労働力の奪い合いになりました。そこにSが現れ、いとも簡単に労働力を拐っていってしまったのです。さてSは、どのような方法で労働力を集めたのでしょうか? Sは、皆で一緒に衣食住を掘り起こし、平等に使いましょう! と話しを持ちかけ、見事に賛同を得たのです。
武力も、権力も、金力も、直接は掘り起こせないのです。掘り起こせるのは、労働力です。その労働力は、一人一人の思い(心)が生み出すのです。働こうと思わなければ、労働力は生まれないのです。武力も、権力も、金力も、思い(心)を動かすための手段です。つまり、労働力を得るための手段です。人間は、手段と目的を取り違えているのです。その労働力は、私たち一人ひとりが持っているのですから、わざわざ間に武力や権力や金力を挟む必要はないのです。武力や権力や金力を間に挟むから、こんがらがって争いごとが起きるのです。奉仕社会では、奉仕労働力(無償提供の労働力)を使って衣食住を得ているのです。
どうでしょう! あなたは、この奉仕社会を拒みますか? 確かに、今の社会で慣れ親しんでいる人たちは、不思議な感じがするかもしれません。でも、今と変わらぬ生活をすれば良いのです。つまり、いつものように朝起きて顔を洗い、朝食を食べ、会社に出勤し、仕事をしたらいいのです。ただし、奉仕社会の労働時間は、今の1/3から半分で済みます。しかもその仕事には、ノルマがありません。また、自分の自由な考えで仕事に挑めます。例え失敗しても、やり直しが利きます。お金はもらえませんが、収得市場で自由に好きな物を持ち帰り、今と変わらぬ生活が営めるのです。違うのは、すべての労働者は国家公務員であり、その仕事場は行政官庁であると言う点です。まだ、首を傾げますか?
では、奉仕社会の良いところを、幾つか取り上げてみましょう。
奉仕社会には、受験戦争がありません。就職戦争もありません。ですから、子供たちにプレッシャーがありません。お金の心配がありませんから、家庭も円満です。盗人がいませんから、家に鍵をかける必要もありません。マイカーが走ってませんから、道路を歩くのに神経を使う必要がありません。心穏やかに生きられますから、病気も少なくなります。
奉仕社会はこのように、良いことだらけの社会なのです。なのに、どうして首を傾げるのですか? 拒む理由は何ですか?
欲望が謳歌できないから?・・・
ステータスが満喫できないから?・・・
ほんの少し、欲望を抑えたらいいのです。ほんの少し、我慢をしたらいいのです。それで世界に、飢餓で苦しむ人が一人もいなくなるのです。戦争もなくなります。地球環境も良くなります。その社会を創るのに、お金はいりません。権力もいりません。誰の許しも、何の力も、いりません。世界の国々が、一致団結してやる気にさえなれば、今すぐにでも創れる社会なのです。それでも拒むと言うなら、拒む理由を教えてください!
良い社会を創るのに、思想や主義が必要でしょうか? 思想や主義で創れるなら、地球はとっくに理想社会になっているはずです。必要なのは、一人一人が持っている労働力です。その労働力は、人の心さえ掴めば得られるのです。ゆえに賢者は言うのです。社会創りに必要なのは、お金でも、経済学でも、思想主義でも無い、〔心〕であると・・・
奉仕社会に疑問を持ってる人は、どうか人生の目的〔X〕を知ってください。知れば、なぜ奉仕社会が必要か? 解って頂けると思います。